采女小学校 読み聞かせボランティア カラフルに参加

ENさんの紹介で米山成一は「采女小学校読み聞かせボランティア カラフル」に参加して、紙芝居を上演することになった。まずは紙芝居の舞台の制作から始まった。ホワイトボードシートをシナ材厚み12㎜3尺×6尺の材料を殆ど使い果たす設計とした。紙芝居ボードは片面白地ベニアの極薄の反対側ベニア部分にホワイトボードシートを貼った。舞台本体にもホワイトボードシートを貼り、持ち歩くときに小学生たちがどんな紙芝居をやってくれるのか想像できるように、内容の概要がわかる絵をその都度、描けるようにした。ひとつの紙芝居が終わると、すぐ消して次のテーマの絵を描き始めるということがホワイトボードならではの使い方ができる。一度描き終えた作品は画像処理をして保存し、様々な用途に活用していただけたら幸いです。


采女小学校における紙芝居の記録

01 20190919 2年1組 四郎兵衛沼の伝説

02    20190926    2年1組 淵名姫の伝説(紙芝居のための書き下ろし淵名姫)

03    20191010     2年2組 ダルマさんの物語 

04.   20191124.    1年1組    ハロウィンの物語

05    20191114      1年1組 つるがきのものがたり

06    20191121      1年2組 つるがきのものがたり

07    20191212      1年3組 つるがきのものがたり


四郎兵衛沼の伝説

今日は東上州昔話しの中から  四郎兵衛沼の伝説   というお話をします。

 

むかし、上渕名の北の方におーきな沼がありました。村の人はこの沼には神の蛇がすんでいるといって、だれも釣りをする人などいなかったそうです。沼のほとりは木こりや村人の憩いの場となっていました。でも、毎年七月十五日の満月の夜には、沼の神である蛇がそれは美しい女の人になって沼の上で遊んでいるといわれていましたので、その日ばかりは恐ろしがって近寄るものなど誰もいませんでした。

 

ところで、上渕名の村には四郎兵衛さんという正直者のおじいさんが住んでいました。

 

 

_____________________________めくる    表紙タイトル

あるとき、一人息子にお嫁さんが来ることになって四郎兵衛さんはたいそう喜びましたが、四郎兵衛さんの家はとても貧しくて、村人を十人ばかり結婚式に招きたいと思っても人数分のお膳もお椀もそろえることが出来ません。毎日、どうしたものかと考えるばかりで、なかなかいい知恵が浮かばないまま結婚式の日も近づいて、とうとう明日になってしまいました。四郎兵衛さんはどうしたものかと考え考え歩いているうちに、沼の近くまで来てしまいました。

 「せっかく息子に嫁が来てくれるというのに村の人たちをもてなす器がない。どうしたらいいだろう」と呟いていると・・・・

 

 

 

_____________________________めくる   

するとどうしたことでしょう。今まで静かだった沼が急に荒れたように大きな波が立ったのです。不思議に思っていると、水の上に朱色のお膳とお椀が十人分浮かび上がって波打ち際に寄って来るではありませんか。「これこそ神様の贈り物じゃ」四郎兵衛さんは神様に何度も何度もお礼を言い、用がすんだら必ず返しに来ますと言って持ち帰りました。

 四郎兵衛さんは翌朝、さっそく用が済んだ器をもって沼に返しに行きました。四郎兵衛さんは沼の神様にお陰で結婚式ができたことを話し、水の上にひとつひとつ、ていねいに器を浮かべました。すると、だんだん波が立ってきてお膳や お椀は沼の中央に運ばれてゆき、見えなくなりました。

 そのころの上渕名の村人たちの暮らしはとても貧しいものでした。地主さんの家でさえも畳を敷いた家はなく、人をもてなそうにも余分な器などなかったのです。 四郎兵衛さんの話を聞いた村の人たちは喜びました。

四郎兵衛さんと同じようにお膳やお椀が必要になった村の人はその前の日の夕方に沼へ行き、明日は五人分お貸しくださいとお願いして帰りました。そしてあくる日、まだ夜が明けきらないうちに行ってみると沼の波打ち際に五人分のお膳やお椀が浮いているのでした。村の人たちは正直者の四郎兵衛さんのおかげだと言ってその沼を四郎兵衛沼と呼ぶようになりました。

 

 

_____________________________めくる  ②

ある年のこと、村の年老いた尼さんが四郎兵衛沼に行って、三人分のお膳とお椀をお貸しくださいとお願いしました。そして翌朝沼に行ってみるとそこにはちゃんと三人分のお膳とお椀が出ていました。尼さんは喜んで持ち帰ると、その三人分の器を普段使いにしてしまったのです。いつになっても返そうとしない尼さんに、村人たちは、せっかく正直な四郎兵衛さんのおかげでお膳とお椀を貸してもらえるようになったのだから、すぐ返してください。と尼さんに会うたびお願いしていたことは村中に知れわたっていました。それでも尼さんは一向に返そうとしませんでした。どうやらその理由は借りた三つのうち二つが壊れたりして一つしか残っていなかったからなのでした。そのことがあって、返せないらしいと噂が立っていました。

 

そしてしばらくしたある日、またある人が四郎兵衛沼に行き、お願いして翌朝行ってみるといつになってもお膳やお椀は、出てきませんでした。その人は沼に向かって、どうして私だけ貸して下さらないんですか⤴️

・・・・・と聞いてみると

今まで静かだった沼の水面が波だち始め、

_____________________________めくる   ③めくり終わったら④の後ろへ入れる

青かった空は急に暗くなって大粒の雨が降りだしました。やがて波はうねりをみせ、あたりは真っ暗になってしまいました。しばらくすると沼の中央当たりが、ほんの少し明るくなったと思うと大蛇が鎌首をもたげ、その両目から二つの光を放ったのです。木のかげに雨を避けて身を寄せていた村人をにらみつけると天から声が聞こえてきました。「天の器はみんなのものじゃ。独り占めするものではないぞ」村人はハッとしてあの尼さんのことだと、思わず手をつき神様に謝りました。

 

しばらくして顔を上げると沼はいつもの静けさにもどっていました。その人は急いで村に帰り、その不思議な出来事をみんなに話して聞かせました。

 

 

_____________________________④をめくる   また⓷の 尼さん絵になる

尼さんは四郎兵衛沼から御膳とお椀を3人分借りてきた時のことから、今まで全て神様はお見通しであったという事に気づき、恐ろしさのあまりあわてて残りの一つを沼に返しに行きましたが、その帰り道に落雷に打たれてしまいました。

 

_____________________________めくる    ③をめくったらそのままにしておく

このことがあってからは二度と四郎兵衛沼に器が現れることはありませんでした。

 

そして上渕名村がだんだん拓かれて行くと同時に、やがて沼の水は枯れて行き、その後四郎兵衛沼はいつのまにかなくなってしまったということです。 

 

今では家が立ち、町ができて四郎兵衛沼がどの辺にあったのか、知っている人も少なくなってしまいました。

 

 

 

 

 

 引用文献 しの木弘明「東上州昔話し」より


淵名姫の伝説

皆さんおはよう。今日は

淵名姫の伝説  という

紙芝居を行います。

昔の上渕名の物語です。

 

昔の将軍に藤原秀郷(ふじわらのひでさと)という、日本中に名を轟かせた人がいました。

 

この将軍から6代目に当たる藤原兼行(ふじわらかねゆき)という将軍はお城を現在の伊勢崎市境上渕名に建てました。

 

 

表紙を引く

このお城の名前は淵名城(ふちなじょう)といいました。大いに栄えていたそうです。また藤原のを淵名に変えてより一層この地に住んでいる住民のみんなからえやすくしました。

 

そして時代は鎌倉時代になった時に淵名姫の物語が起こります。

 

この時代になると、将軍でなく殿様と呼ぶようになり、名前は家成(いえなり)という殿様がいました。殿様には、1人の若君とたいへん美しい三人の姫がおりました。名を淵名姫赤城姫伊香保姫といい、その美しさと素直さは誰もが憧れていました。殿様家族は仲が良く幸せに暮らしていました。

 

 

1番を引く

ある日突然、姫達の母は病に倒れこの世を去ってしまいます。この時代は次の女性を探し妻にしなければならない決まりがありました。

 

そこで間もなく新しい母親を迎えます。殿様は再婚した妻との間に姫が生まれます。

しかし、この姫は淵名姫や赤城姫、伊香保姫に比べると三人の姫達が余りにも美しいため嫉妬をしてしまいました。

 

隙あらば三人を亡きものにしたいと思うようになってしまいました。

 

そんなある日、殿様のところへをこの地域一帯の国司(こくし)に出世させると言う帝からの連絡が届きました。

 

殿様は国司任官(こくしにんかん)のため、大勢の兵を連れて都に向かいます。

 

すると二度目の妻が弟をそそのかし、この時とばかり、三人の姫の館を襲い渕名姫利根川に沈めてしまい、赤城姫は追っ手を振り切り赤城山にたどり着きますが最後には大沼の近くで死んでしまいました

 

伊香保姫は親戚中で姫を守り通すことができ助かりました

 

都でこの知らせを聞いた殿様は淵名に兵を向け、淵名に着くやいなや姫達はいずこへと探しところ、利根川の淵に沈められたことを聞くとすぐさま向かい淵から大声で「淵名姫はおらぬか、私だよ、姿をみせておくれ。」と叫びました

 

 

2番を引く

すると波の中から姫君が、父と別れた時のいでたちで前の妻と手をとって現れました。姫は「次の母に恨みを受け、淵の底に沈められてしまいました。

 

しかし、亡くならわれた母が、日に一度、天国から降りて来てくださり、赤城山とこの淵に通ってくださいます。

 

「神様のお導きにによって自由に空を飛べるようになりました。私たちはこの世で悩み悲しみを持ち苦しんでいる方々の気持ちを癒やしてあげられる神になりました。」

と言うと、赤城山より紫色の雲が淵を覆い、美しい音楽が鳴り響きました。

 

姫君は父上に別れを告げ、多くの天使たちとその雲の中に入って行きました。

すると、殿様も私を姫達と旅立ちたいと言って、利根川に自ら入って姿が見えなくなってしまいました。

 

京の都では、妹と父上の訃報(ふほう)を知らされた中納言は帝の許可を得て兵を集結させ殿様の軍勢と合流して悪い妻を捕らえて、悪い妻に協力して淵名姫を利根川に沈めてしまった極悪人を捕まえて、籠の中に入れ首に重りを付けて75回沈めては引き揚げましたが姫たちの無念を収めきれず、最後は大きな石を入れ利根川奥深いところへ沈めました。

 

 

3番を引く

一方赤城姫は赤城の山の龍神になり、赤城大明神となったのです。

 

伊香保姫は兄の中納言の申し渡しに従い、と共に国司を引き継ぎ総社に住んだとされています。

 

また姫達の母であった殿様の女房は淵名姫と一緒に淵名明神にまつられたと伝えられています。

 

 

4番を引く

淵名神社のある地を「銀杏」と呼んでいます。それは淵名の女房が化身した大きな銀杏の樹があったからです。昔からの言い伝えでその樹皮を服用すると、お乳がよく出るようになると信じられていたのです。また、淵名神社に女性が悩み事をお祈りすると必ず良い結果になると評判がたちました。

 

 

これで、淵名姫の伝説の紙芝居は終わりです。


だるまの物語

今日はみなさんも見たことのある「だるま」さんです。

高崎だるまのものがたりはじまりはじまり

だるまさんは、インドという国の国王の三男として生まれました。ある時、お城に偉いお坊さんがやって参りました。 そのお坊さんは国王にたのまれて、遠い場所から王子達、三人の家庭教師をするために来たのでした。

 

 

――――――――表紙をめくる

国王は子供たちのために、勉強をおしえていただけたと、とても喜び、ご馳走を食べていただいたり、きれいに光る宝の石をお坊さんに差し上げました。お坊さんは帰り際に3人の王子様を呼び寄せて、言いました。国王からいただいたこの石はまことに素晴らしいものです。この世の中にはこの石以上の宝は果たしてあるものでしょうか?と3人の王子に問いました最初は長男の王子様が答えました。「この石はこの国、最高の宝物です。この世にこれ以上の宝物はありますまい」

とお坊さんに答えました。2番目に答えたのは次男の王子様でした。次男の王子はこう答えました。「兄のいう通り、お坊さんのようにえらい人にだけ許される宝物です」上の兄二人の答えは、この世にこれ以上の宝はないという答えだったのです。最後は三男の王子の答えはこうでした。「確かにこの石は素晴らしい宝です。しかし何が最高の宝かといえば、正しい教えこそが、最高の宝でありましょう。この石もすばらしい輝きも放ちますが、智せいの光こそが最もすばらしい光を放つものと思います。」この立派な答えにたいへん関心したお坊さんは、なんと賢いお子でしょう。私のもとで修行すれば必ず立派な僧になれますと国王にお話ししたところ、国王もお坊さんと同じ気持ちになりました。

 

 

――――――――⓵をめくる

それから数年後のこと、お父さんの国王が病気で天国に召されてしまいました。この時も三男の王子は亡くなってしまったお父さんは、これからどこへ行くのだろうと来る日来る日も考えましたが、とうとうわかりませんでした。そこで、王子様は数年前お城に来てくれたお坊さんを思い出し、あのお坊さんを訪ねるため、お城を出ることになりました。

 

 

――――――――②をめくる

こうしてお坊さんのところで長い年数、修行が始まり、この時に付けていただいた名前が菩提達磨(ぼだいだるま)でした。

その後みんなが達磨さんと呼ぶようになりました。だるまさんは、生まれた国インドで100歳を迎えた後、中国に行き教えを広めようと旅たちました。それは苦難の連続でだるまさんを迎えてくれた首都の国王もだるまさんの尊さが理解できず、だるまさんは更に遠くの少林寺へと行きました。だるまさんは少林寺の裏山の洞窟の岩壁に向かい、9年もの間、座禅を組み続けました。この時の姿が今の「だるま」の形のもとになったと言われています。

 

 

――――――――③をめくる

修行に明け暮れた、だるまさんが亡くなった時は528年105日で150歳でした。その後いたるところでだるまさんに会ったという話が広まり、お墓を開けてみるとご遺体がありませんでした。だるまさんが日本にもやって来た、という伝説もあります。それは奈良時代のことでした。

 

聖徳太子が大和の国

の片岡山を馬に乗ってやって来た時のことです。道の傍らに、ぼろをまとった人が寝ていました。汚れたものを身に着けているにしては気品があります。太子が近づくと、老人からはかぐわしい香りまでします。聖徳太子が名を尋ねても答えがなく、太子は自分の服をぬぎお与え、お帰りになりました。

 

 

 

――――――――④をめくる

やがて聖徳太子はその人が亡くなったのを聞き、お墓を作りご遺体が足を伸ばして収められる箱の中に入れて差し上げました。宮廷に戻った使者から報告があり、箱の中には遺体がなく太子から賜った服だけが残っていたそうです。この噂は世界中に広まり、倒れても何度でも起き上がる事は縁起が良い。赤い着物は病気を防ぐ。物事を見にく大きな目。座禅をする姿から手足は赤い着物に隠れた修行の形。このようなだるまさんのお話しは江戸時代には評判になり、困った時に、元気や希望が出るとみんなが頼りにして来ました。


ハロウィンの物語

今日はみなさんにハロウィンのお話しをします。

 

それでは、これからはじまり、はじまり

 

 

――――――――――――舞台の扉を開く

表紙 これは世界地図です。日本は🇯🇵どこかな!東の方にある小さな島ですね、ここですね。今日はアイルランドという国のお話しです。この国の大きさは、日本の北海道と同じくらいの大きさの国が舞台です。冬の寒さなどもちょうど緯度が同じような位置なので北海道と気候が似ています。日本から飛行機で行くと、乗り換えを含めて20時間ぐらいかかります。日本からはとても遠い

国のひとつですね。

 

―――――――――――表紙を引く

  昔々、アイルランドという国に悪いことばかりしているジャックという男の人がいました。その男の人はみんなからケチンボジャックと呼ばれていて、ひとにご馳走してもらうことばかりを考えていました。そして嘘をついては喜んでいたのです。あまり悪いことばかりしていたのでジャックも将来が少し不安になっていました。

 

―――――――――――1を引く

②ある日、ジャックは悪魔を呼び出し食事に誘いました。でも、もともとジャックはお金を払うつもりはありません。「おい、悪魔。俺の分も払ってくれよ」

「仕方ないなあ、わかったよ」

お金に化けた悪魔を見て、これはしめた!とばかり、ジャックは悪魔をとらえてポケットにしまい込みました。

「な、な、なにをするんだ、出してくれよ〜」

するとジャックは悪魔に

「出して欲しかったら、もし俺が死んだとしても魂を取るなよ!」と言いました。

 

「分かった分かった、これから1年はお前に手出しはしないよ」

悪魔はジャックと約束しました。

 

――――――――――――2を引く

③そして1年があっという間に過ぎ去りました。悪事を続けていたジャックはまた自分の将来が不安になりました。

ある日ジャックは悪魔を呼び出し、果物を取ってくれと頼みました。

「俺も年をとって来たから、体が動かなくてね。木になっている果物を取ってくれないか」

「仕方ないなあ、わかったよ」

木に登った悪魔を見て、これはしめた!とばかり、ジャックは木の根元に十字架を掘り込み悪魔が木から降りられないようにしてしまいました。

「な、な、なにをするんだ、降ろしてくれよ〜」

するとジャックは悪魔に

「降ろして欲しかったら、これから10年、もし俺が死んだとしても魂を取るなよ!」と言いました。

「分かった分かった、これから10年はお前に手出しはないよ」

 

――――――――――――3を引く

 そして時が流れ、約束の10年が過ぎ去りました。悪事を続けていたジャックはとうとう死んでしまいました。ジャックはまず天国の神様の元へ行きました。

「こんな不届きもの、天国に入れるわけにはいかない!」

雲の上の天使たちは天使の梯子を引き上げて、登ってこられないようにしてしまいまいました。ジャックは天国へ行く方法がなくなってしまいました。

まっ、当然だなということで今度は悪魔のいる地獄へ行きました。悪魔はさんざんジャックに騙されたので、かんかんに怒っていました。地獄の門の前では悪魔たちが

「こんな不届きもの、地獄に入れるわけにいかない!」と追い返されてしまいました。

天国行きも地獄行きも断られ、暗闇に放り出されてしまったジャックは途方に暮れ、かぼちゃをくりぬいたランタンを持って地球をさまよい続けているそうです。

 

――――――――――――4を引く

  その後、人々はジャックのような悪霊が自分のところへこないようにと、ジャックよりも怖い顔のかぼちゃをくりぬいて作り、灯を入れて窓辺に置きました。悪霊を追い払うためにできたこの習わしが、世界に広まっていったのだそうです。

つるがきの物語

今日は、つるがきの、ものがたりという

鶴と人間のお話しです。

 

ここで紙芝居の舞台の扉をゆっくり開く。

 

 

昔は日本の各地で10月になると、北の国から鶴たちがやってきていました。その時期になると、大人から子供まで鶴たちをたいそうだいじにするので鶴は人間になつき、昔から鶴の物語は日本の各地で多く残っています。今日の話もそのひとつです。

 

 

―――――――――――――表紙をゆっくり引く

ある年の秋のこと、一羽の鶴が飛んできました。その鶴にはこどもがおり、子ヅルは長い旅のため病気にかかっていました。子どもに何か良い食べ物はないかと探していた親ヅルは、やがて丘の上に一本の柿の木を見つけました。柿の実は赤く熟して美味しそうでしたが、鶴という鳥はその長い脚や大きな羽根が邪魔をして枝にとまる事が出来ません。仕方なく、木の下に舞い降りるととうらめしそうに柿の木を見上げながら誰かが来るのを待っていました。

 

――――――――――――――1を引く 

するとその時一匹の猿がきました。猿は木の枝づたいに登り先の方の柿の実を食べ始めました。これを見ていた親ヅルはわが子に食べさせたいので私にもひとつとってくださいなと猿に頼みました。猿は木の上から意地悪そうに親ヅルの方を眺めていましたが、おまえさんは器量好しだから、熟れた柿で着物が汚れては気の毒だ、ほれ、これをやろう、これでよかろうといって青い実を投げてよこしました。親ヅルはこんなのでなくて、よく熟れたものをお願いします。親ヅルは猿に必死に頼みましたが猿はもう知らぬ顔で自分だけよく熟れた美味しい柿の実を食べて、種やヘタをバラバラと下へ落とすばかりです。親ヅルは何度も何度も猿に頼みました。すると猿はうるさがって、それなら、お前さんが好きなものを取ればよかろう、と堅い柿の実を鶴の頭の上にボトリと落としました。実は、この様子を先ごろから見つめている女の子がいました。女の子は意地悪な猿が憎くて仕方ありません。それで早速、畑の方へ掛けてゆくとおっとうをつれて柿の木の下に戻ってきました。

早く、早くおっとう、あの猿じゃよー

 

――――――――――――――――2を引く

おっとうはすぐ近くの畑で馬と一緒にいたため馬も来ました。早くおっとうあの猿じゃよ!よーし今、追い払ってやると言って、馬に柿の木を後ろ足で蹴らせたところ、その枝の揺れで猿が木から落ちて来ました。しりもちをついた猿は驚いて逃げて行きました。枝が揺れたことで美味しそうな柿も一緒に落ちたので、おっとうは中でも一番美味しそうな柿を鶴にあげました。鶴は羽根を広げたりすぼめたりして、何度も何度もお礼を言いました。そして赤く熟れた柿をくわえると子ヅルが待っている山の方をめがけて飛び立って行きました。その女の子とおっとうは顔を見合わせて微笑んで、鶴が飛んで行った方向をいつまでも見守っていました。

 

――――――――――――――――3を引く

それからしばらくたってからのことでした。

ある寒い日のこと、あのおとうの家では大変なことが持ちあがっていました。女の子が干し柿を食べていて、柿の種を喉に詰まらせてしまったのです。お医者さんは遠いし、おとうは困ってしまいました。とほうにくれていると、誰やら戸をたたく音がします。はて、誰じゃろうとおとうは立ち上がり戸の内側の棒を外して開けたところ、木の葉と冷たい風が中に入って来ました。そしてよく見ると何と、一羽の鶴が戸口に立っているではありませんか。はて?わしに何のようじゃろう?すると鶴は、私は先日柿を取ってもらった鶴です。今夜は私が恩返しをする番です。鶴はそう言って女の子の枕元に降り立ちました。そして長いくちばしを女の子の口の中に差し込むと、上手に喉につかえていた柿の種を取り出したのです。すると女の子の顔色は見る見る内に良くなり、そのまま布団から起き上がって、おっかあ、おっとうといって抱きつきました。うれしい声が出て、女の子は元気になりました。おとうとおっかあは何度も何度も鶴にお礼を言いました。

そして別れ際に、ここの柿はうまいんじゃが、どういうわけかタネが多くていかん、タネさえなければ日本一の柿なんだがなぁとおっとうは呟くように話しました。その話が終わると鶴は空高く飛び立って行きました。

――――――――――――――――4を引く

それからだそうです。この地域の柿は木にあるうちはタネがあっても、干し柿にするとどういうわけかタネが消えてしまうと言います。そしてこの地域では干した柿のことを干し柿ともつるし柿とも言わず、恩返しをしてくれた鶴の名をとって鶴柿と呼ぶようになりました。3月のある晴れた日には、鶴たちは北を目指して一斉に飛び立って行きます。そして10月に再びやってくるまで村の子どもたちはしばしの別れを惜しむのでした。

 

 

 

おしまい